●相手の心情が読めるか

 ある会社に新しくG社長が誕生した。先代社長の急逝で副社長から昇格したのである。

 すると先代との関係が密なA氏に新社長から、「一度お会いしたい・・」という連絡が入った。さらに時間の特定である。

 「では11時頃に、おいでいただけますか・・」と。

 先代社長は何十年間もの長い間、自分から相手に面談を求め、その時間が正午頃に差しかかるときは、「支障がなければ昼食をご一緒しながら・・」といって、ランチ・ミーティング(打ち合わせを兼ねた昼食)にしたそうである。

 さて当日もちょうど、おひるどきになったら、その新社長は言った。

 「きょうはどうも有難うございました。今後ともよろしく・・」と。

 誰も他人の懐をあてにして、一食の食費を浮かせようというさもしい根性は持ち合わせていないが、A氏は唖然とした気持ちを押し隠して、その場をあとにした。

 押し隠した気持ちとは、こんなことだった。

 「人心に鈍感なこの社長の経営力は危険極まりない。この会社の将来は危ない・・」

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 さて、もう一人のM社長の場合。

 ある人が、岩手県にあるM社長の会社を訪ねた。もちろん南部鉄を生かしたメーカーである。

 落ち着くとM社長は、その人にコンテスト第一位入選の、南部鉄の風鈴を下さるという。

 丁重に礼を述べ頂戴することにした。その人の返事を聞くや社長は、課長に指示をした。

 「先生はもらって下さるそうだ。しかし手荷物では大変だから、すぐにご自宅あてに宅配の手配をしなさい。このご名刺のご自宅あてでよろしいですね・・」と。

 以上、G社長とM社長のお二人。両者の人心に対する対応の違いをどうお感じか。

 俗にいう“月とスッポン”ではないだろうか。

 もちろんM社長が、経営者にふさわしい感性(営業センス)の持ち主である。

 

●社長の先行能力に“営業センス”は不可欠

 東京の上野で、100年近い老舗の工具問屋が潰れた。

 その半年ほど前に、あるコンサルタントがこの問屋を訪ねていた。ある人から「上野に、老舗の問屋があります。経営を見てやって欲しい」と頼まれ、その現場を見に行ったのだ。

 その帰途そのコンサルタントは折角の依頼をお断りした。「なぜですか?」と尋ねる相手に理由を言った。

 一、茶を奨められたが、茶碗の縁が大きく欠けていた。

 二、女力士のような、巨躯の女性が呈茶をした。(女性社員の多くは退職したと想像できた)

 三、柱時計は、止まったままだった。

 四、トイレを借りて清掃状態を見たが、とても異臭がして汚かった。

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 というわけで、もはや経営組織に社長の心は通っていないと直感。手遅れと判断した。いまさら決算書を見ても、手の打ちようがないとも思ったそうだ。

 来客に出す茶碗の縁が、怪我をしそうなほど欠け落ちた物を出す感覚。冒頭に紹介した、共感性&営業センスが欠落したG社長と、サビついた営業センスの根っこは同じのようだ。

 いうまでもなく、社長の必須能力に≪中長期の見通し≫は欠かせない。しかし≪長期の見通し≫ともなると、煙幕で隠蔽されたように判然とは見えない。その判然とは見えないものを読む仕事こそ、社長の仕事なのだ。その能力の基盤として、営業センスは不可欠である。