昔の日本の家屋は、台所は必ず北側にあったものだ。

朝から陽の当たる東側にはなかった。なぜなのか。

冷蔵庫なるものがなかったからだ。食料を置いておくのには、陽当たりのよくない北側が格好の場所だったのだ。

だからゴマすりをしたくとも、冷たいすり鉢を両手で囲み、かじかむ手先でゴマをするのは、難儀な作業の一つだった。

何しろゴマをする台所は、冬の北側の部屋だったのだから。

そこに威勢のいい行商の魚屋。サービス精神も旺盛だ。

冷たいすり鉢のゴマすりならオイラの出番、となる。

「すり鉢は冷てえよ。ゴマをする?そんなら貸しておくんなせえ。ゴマをするんなら、節くれだったこの腕がモノを言うんだ。どれどれ、こうやって擦ればいいんでしょう。それこのとおり・・」

ゴマは、女手では無理なくらい細かくすれている。

「ああ、ありがとう。お陰で助かったワ。では、いわしではなく鯛でももらおうか・・」

というわけで、時代には時代の逸話が登場するもの。